2017年03月13日

「幻想温泉郷」

 幻想シリーズの5作目です。
 これまでは1作ごとに主人公が変わっていたのですが、今回はシリーズ第1作「幻想郵便局」の安倍アズサちゃんが再び主人公として登場。

 1作目では履歴書の特技欄に「探し物」と書いたことがきっかけで、この世とあの世の狭間に位置する不思議な郵便局で働くことになったアズサでしたが、あれから2年たった今作では東京のお菓子の商社で働くOLさんになっていました。

 夏季休暇を利用して、かつての職場である登天郵便局を訪れたアズサを待ち受けていたのは、消える死者の謎。
 成仏せずに消えてしまった人たちは生前、罪を洗い流す温泉を訪れていたという手がかりを元に、その温泉がどこにあるのかを探し出すことになっちゃったのです。

 仕方なしに引き受けた調査ながら、やるからにはしっかりやろうとするアズサちゃん、えらい。
 解説でも触れられていたことですが、前作で登天郵便局に就職が決まるまで就職試験に落ちまくっていたアズサにとって、誰かから必要とされることは大きな原動力になっているのかもしれません。
 登天郵便局だって、通常の利用者は死者だけど、本当に必要としている人なら生者でも辿り着くことができるしね。

 というわけで、続編も大変面白かったです!
 終盤、アズサやアズサが出会った人々の抱える罪悪感に切なくなったりしたし、罪を洗い流す温泉が生まれた理由には眉間に皺が寄っちゃったりもしましたが、最高にピンチの場面でもちょっと笑える要素が組み込まれていたりして、全体的にはほんわかした現代ファンタジーになっています。

 前作を読んでいなくても一応大丈夫だとは思いますが、読んでいること前提で書かれている部分もあるので、読んでおくのが無難かな。
 私も意外と忘れている部分があって、あやふやなまま読み進んでしまってので、今度再読しようと思っています。
 あ、あと、シリーズ2作目の「幻想映画館」も読んでおくと、途中でニヤッとできますw(と言うか、読んでいないと意味不明な場面かも)

 余談ですが、この世の者ではない郵便局員のひとりに、パンチパーマにおねえ言葉の青木さんというおじさんがいて、今までは何となくラーメン大好き小池さんのビジュアルで脳内再生されていたのですが、今ではすっかりピコ太郎で上書きされてしまいましたw

posted by nakaji at 13:51 | Comment(0) | TB(0) | 読書記録>フィクション

2017年02月16日

「炎路を行く者」

 年明けに、間もなくドラマ「精霊の守り人」シーズン2が始まると知り、録画したまま放置していたシーズン1を慌てて観ました。

 いや、なんかね、バルサ役に綾瀬はるかってのがね、華奢すぎるんじゃないかと思ったのですよ。
 それで躊躇ってたんですけど。

 カッコ良かったわー! アクションシーン、すごい!
 槍さばきも見事だったし。敵のみぞおちにクリーンヒットしたパンチ、マジ重そうでした!

 もっと早く観れば良かったと言いたいところですが、シーズン1の記憶が新鮮なうちに2を観られたので、これはこれで良かったかなとw

 本書も、シーズン2にはヒュウゴが出るということで慌てて買いました。
 実はあんまり読む気がしていなかったのです。正直、ヒュウゴと言われても、「ああ、そう言えばそんな人いたねー」みたいな感じなので。
 チャグムと関わる重要なキャラだというのは憶えていましたが、ヒュウゴが出てくるあたりってファンタジー色が薄い上に戦争待ったなしな話の流れなので、あまり入り込めなかった記憶が。
 しかも、ヒュウゴはチャグムから見ると敵国の人間なので、いろいろ事情のある人らしいことはわかっても、それほど興味は持てなかったのです。
 でも、ヒュウゴの過去の話らしいので、ドラマにもエピソードが盛り込まれたりするかも(シーズン1でそういうことがあったので)と思って読んでみました。

 本書にはヒュウゴが主役の「炎路の旅人」と、15歳のバルサを描いた「十五の我には」の2編が収められていますが、分量的に 3/4 はヒュウゴの話です。

【炎路の旅人】

 ヒュウゴが生まれ育ったのはヨゴ皇国。チャグムの新ヨゴ皇国はここから派生した国です。
 物語はこのヨゴ皇国が滅亡した夜から始まります。

 ヨゴ皇国に攻め込んだタルシュ帝国は、一般市民には手を出さないものの、叛乱の芽となり得る貴族や武人の家系は女子供でも容赦なく皆殺しにする方針を採っていました。
 そのため、<帝の盾>と呼ばれる高位の武人階級であるヒュウゴの一族もタルシュ兵によって惨殺されてしまったのです。

 かろうじてひとり生き残ったヒュウゴを救ったのは、チャグムと同じく異界ナユグを見ることのできる少女リュアン。
 そして、リュアンの父ヨアルは、貴族の子を匿ったのがバレたら自分たちの身も危ういと分かりつつ、目の前で母と妹を殺された子供を放り出すことはできなかった好人物。

 要所要所でヒュウゴの支えとなるこの父娘の情愛に、ヒュウゴのみならず読んでいる私もずいぶんと救われた気持ちになりました。

 やがてヨアルに酒場の下働きの仕事を紹介してもらって下街で自活を始めたヒュウゴ。
 芋の剥き方が上手くなったと褒められたのを嬉しく思い、初めてもらった給金でリュアンたちに酒場の料理を御馳走する姿は本当に微笑ましい。
 けれど、日々の暮らしに追われる中、ふと夜中に目を覚ますように、<帝の盾>となるべく修練を積んでいた頃と現在の暮らしのギャップを思い、タルシュへの怒りやそれに対して何もできないでいる自分への怒りや焦りや、様々な感情が綯い交ぜになって苦しむ姿はひどく痛ましい。

 やがて彼は自らの進むべき道を決め、タルシュ帝国のターク<鷹>と呼ばれる密偵になるわけですが、そこに至るまでが描かれている本作のおかげで、かなりヒュウゴの好感度がアップしました。

【十五の我には】

 ヒュウゴの父は<帝の盾>と呼ばれる武人でしたが、バルサの養父ジグロもまた、<王の槍>と呼ばれる最高位の武人階級だった人。
 バルサ自身も本来であれば貴族の娘として何不自由ない暮らしをしていたはずの人です。

 そのバルサもまた、ヒュウゴと同じように酒場の下働きで芋の皮を剥き、上手いと褒められますw
 もっとも、バルサのほうはもっとクールな反応ですが。

 タイトルどおり、本作のバルサは15歳。子供と呼べるほど幼くはなく、かと言って大人ではない微妙なお年頃。
 親友の娘であるバルサの命を救うため、地位はおろか国すらも捨てて放浪の旅をすることになったジグロに対し、15歳のバルサは負い目を感じています。

 なので、もう一刻も早く一人前になりたいし、半ばなったつもりでいるんだけど、やはり15歳は15歳なのです。
 そういうお話。

「……十五の我には 見えざりし、弓のゆがみと 矢のゆがみ、
 二十の我の この目には、なんなく見える ふしぎさよ……」

 引用したのは、作中でジグロが読んでいた詩集の一節。
 話の流れで読むと、本当に涙が出そうになるくらい良い詩なんですが、これね、ドラマ版で使われてるんですって。解説に書いてあった。
 ジグロと6歳のバルサが野宿をする場面で、焚火の前でジグロが読んでいた本がこの詩集なんだそうですよ。映像で見てもよくわからないとも書いてありましたがw

 ところで、ドラマ版はタルシュが侵攻してきていることだし、シーズン2で終わるのだろうと思っていたのですが、シーズン3まであるらしいです。
 シーズン3の前半は「闇の守り人」だとか。
 私は「夢の守り人」が好きなんだけど、今のドラマの流れだとどうなるんだろう? タンダやトロガイ師がメインの話が入り込む余地があるかしら?

posted by nakaji at 15:54 | Comment(0) | TB(0) | 読書記録>フィクション

2017年01月25日

「白ゆき姫殺人事件」

 湊さんの作品を読むのは「告白」以来の二作目ですが、いやぁ、読ませるわー。
 月並みな言い方でお恥ずかしいけど、ぐいぐい引き込まれるように読んでしまいました。いや、ほんとそうだったんだもん。
 地の文なしの独白形式でここまで読ませる筆力、凄すぎる。
 まあ、地の文がないせいで台詞が多少説明的だったりもしますけど、気にならない程度。

 本作はタイトルに「殺人事件」とありますが、事件を解決する話ではなく、事件を取り巻く人々を描いた作品です。

 まず、被害者の会社の後輩が、雑誌のライターをしている元同級生に電話を掛けたところから物語は始まるのですが、これが会話ではなく後輩の独白形式。
 その後も同僚、同級生、地元住民など、ライターの取材を受けた人たちの独白が続きます。そう言えば「告白」もこういうスタイルだったなぁ。

 全員が主観で語っているので、同じ事象であっても人によってまったくと言っていいほど違った捉え方をしている上、それらは脚色という名の週刊誌フィルターを通って世間の目に触れることになりました。
 そこに SNS での憶測や思い込みによる無責任なやりとりが加わって、「給湯室の噂レベル」で怪しまれていた人はやがて犯人認定され、ネットに実名を晒されてしまうのです。
 こういう話、現実にあったよね……

 みんな悪気なく勝手なことを言っているのがやけにリアルで気持ち悪いのですが、なかでも私がドン引いたのは、週刊誌に抗議の手紙を送りつけた人。
 容疑者とされた人物の同級生なんですが、友人を擁護しているようでいて全然擁護になってないの。
 そんなことのできる人じゃない、なぜなら……と過去の出来事を書き連ねてプライバシーを暴露。
 こいつわざとやってるだろ、と読みながら思ったのですが、うう〜む、もしかしたら本気で擁護のつもりだったのかもしれない。
 こういうズレた正義感を振りかざす人っているよね……

 また、関係者に取材をし、記事を執筆したライターの青年にしても、事件の真相に迫る大事な役回りかと思いきやこれがとんだポンコツで。
 友人との電話でのやりとりを、実況かという勢いで SNS に垂れ流しちゃうネットリテラシーの低さ。
 おまけに旗色が悪くなったら捨て台詞を吐いて逃亡しちゃうし。
 こういう人も時々見るよね……

 というわけで、マスゴミと揶揄される報道の姿勢やネット社会の負の側面をふんだんに盛り込んだ、大変毒のある後味の悪い一冊となっております(褒めてます)。

 あ、最後に余談を少々。
 私は本作を電子書籍で読んだのですが、電子書籍の利点が活用されていてちょっと感動しました。
 巻末に「事件の関連資料」として週刊誌の記事や SNS などのスクリーンショット的なページが添付されていて、本文の各章の最後からその該当ページへのリンクが貼られているのです。
 紙の本だとパラパラ捲って辿り着かなくちゃいけないところを、電子書籍ならひとっ飛び。戻るのもひとっ飛び。超便利!
 普通は目次からのリンクしかない(稀にそれすらないこともある)ので、こういう使い方は新鮮で嬉しくなってしまいましたw

posted by nakaji at 13:05 | Comment(0) | TB(0) | 読書記録>フィクション

2016年12月14日

「小さいおじさん」

 堀川アサコさんは最近一番好きな作家さんです。
 全作読んだわけではないのですが、これまで読んだ作品はどれも何と言うかこう、芯の部分に優しさが練り込まれている感じで読後感がいいのですよね。だから安心して読める。
 本作もタイトルとカバーイラストを見て絶対わたし好みだと思ったらそのとおりでした。

※今回はネタバレ気味で書いてます。

 主人公の千秋は市役所の建設課で働く19歳。
 残業中、彼女が職場の給湯室で見たのが小さいおじさん。
 立派な口ひげを蓄え、黒田節を謡い踊っている身長15cmほどのおじさんが見えるのは、孤独な人だけだそうです。

 千秋には家族がいるし友達もいるし愛猫(キジトラ)のレオナルドもいる。だからべつに孤独じゃないと思っているのにおじさんが見える。
 そのことについて千秋はそれほど深く傷ついたりはしないし、(レオナルドがいれば一人でも生きていける)と思ったり(いいじゃん、ひとりぼっち最高!)と思ってみたりするけど、スイカは孤独を図るバロメーターだと言って丸ごと一個買ってしまう(丸ごと買うってことは、一緒に食べてくれる人が居るわけで、ひとりぼっちじゃないってことだ)あたりが微笑ましい限り。

 そう、全体的に微笑ましいのです。
 おじさんは小さいくせに偉そうだしへそ曲がりだし、ちょっと物騒でもあるけど、何だか憎めない。
 千秋がプレゼントしてくれた人形用の小さい茶碗でお茶を飲んだときも、出がらしでまずいと顔をしかめながら、でも百何十年ぶりのお茶だ、と。可愛いじゃありませんか。怨霊だけど。

 怨霊なのです、おじさん。
 おじさんは明治時代、私財を擲って市民のために大きな公園を造った資産家だったのですが、昭和の高度経済成長期、そこにゴミ処理施設を造られちゃって怒り心頭、怨霊化しちゃったと。
 そして最初の20年、公園を元に戻してくれた市長には巨万の富を与えようと決め、次の20年は永遠の命を与えようと考え、更にその次の20年は、元に戻したら命を奪ってやることにしたんだとか。

 ……ちょっと待って。その41年目の変節は何?

 作中、千秋や先輩が、そんな昔話あったね、みたいなことを言ってたから実在する昔話なのかな。ちょっと調べてみたのですが、わかりませんでした(実は今回ネタバレ気味で書いたのもこれが言いたかったから)。
 気になって仕方ありませんが、まあ、そんなふうにへそを曲げるのも恨みの凝り固まった怨霊ゆえかなということで納得しておきます。
 ただ、おじさんの場合、怨霊的と言うより駄々っ子的と言ったほうがいいのかも。買って買って〜と駄々こねた子どもがいつしか、もういらない!ってなる感じw
 うん、それだな。やっぱり微笑ましい。

 さて、堀川さんの書く物語はファンタジーとホラーの境目あたりに位置するものが多い印象なのですが、今回はそれに加えてミステリあり、サイキックバトルありと実に盛りだくさんでした。
 千秋が仕事で5年前の殺人事件を調査することになるんですが、謎解き自体はかなり軽め。
 わたし的に今回一番ツボったのは、おじさんが敵対者に向かって言い放った、
「底の浅いエコロジーおばさんめ」
 というひと言でした。いや、なんかいろいろと的確すぎてw

 孤独な人にしか見えないという制約は切ないですけれども、おじさんの活躍はとても素敵に面白かったので続編希望であります。

【12/15 追記】

 夫情報により、おじさんの20年ごとの決意(?)の出典は、アラビアンナイトの「漁師と魔人」だとわかりました!
 ああ〜すっきりした〜 (*´∀`*)

posted by nakaji at 15:37 | Comment(0) | TB(0) | 読書記録>フィクション

2016年11月01日

「聖なる怠け者の冒険」

 なんということだろう。
 森見作品なのに主人公が男子大学生じゃないなんて。

 まあ、今までも小学生男子であったり愛すべき毛玉の狸であったり麗しき黒髪の乙女ちゃんであったりと、男子大学生以外が主人公の作品はあったわけだけれども、なんと本作の主人公は社会人なのだ。
 ただし、怠け者。
 平日は京都郊外の某化学企業の研究所で黙々と仕事に励むも、週末は独身寮の万年床で「苔むした地蔵のごとく」ごろごろしたがる怠け者。
 しかも、本作で描かれるのはほぼ土曜日一日だけなので、主人公の小和田君が働いている姿を我々読者が知ることはない。だから、たとえ彼が平日どれだけバリバリ働いていたとしても、読者にとって主人公はただの、いや、筋金入りの怠け者なのである。

 物語は祇園祭の山鉾巡行を翌日に控えた土曜日の朝、小学校の校庭で椅子に縛られた小和田君が、正義の怪人・ぽんぽこ仮面に「跡を継げ」と迫られているところから動き出す。
 小和田君の怠惰な週末の行く末や如何に!
 そして、ぽんぽこ仮面の正体は!?

 というわけで、主人公が大学生じゃないことにほんのり違和感を覚えつつ読み始めたのだけれど、初っ端から森見ワールド全開でひと安心。
 大学生だろうが社会人だろうが登美彦氏が描き出すのは、身体 1/3 ほどがパラレルワールドに存在しているような不思議な世界だった。

 変な依頼ばかり舞い込んでくる浦本探偵。平日は学生で週末だけ探偵のバイトをしている玉川さん。小和田君の上司であるスキンヘッドの後藤所長。リア充カップルの恩田先輩と桃木さん。アルパカ似の五代目。
 みんなちょっとずつ浮世離れしている変な(でも、この世界では特に変ではない)人たちである。

 そして、方向音痴の玉川さんが下手な尾行をし、リア充カップルが自分たちの充実した休日計画に小和田君を巻き込もうとし、小和田君は断固として万年床に帰りたいと思いつつも先輩の呼び出しに応えて出かけ、早々にお布団(正確には座布団)の誘惑に負けて南の島でマンゴーフラペチーノを堪能しているうちに、京都の街は祭の活気を帯び始める。

 やがて、宵山の賑わいの中を歩く小和田君(たっぷり寝て目が覚めた)の前を赤い浴衣を着た女の子たちが金魚のようにひらひらと通りすぎたとき、私はこの宵山があの宵山(宵山万華鏡)と繋がっていたことを知る。
 同じ日なのだろうか。あの女の子たちは何十年も変わらぬ姿で宵山の町をひらひらと歩いている気がするから、違うのかもしれない。

 この辺りから夏の熱気が薄れ、物語は幻想的になってくる。
 同じ場面を繰り返す夢のように廊下を歩き、赤い浴衣の女の子に導かれて梯子を上る。
 目まぐるしく色を変え、輝きを変える夜の街の妖しさは圧巻である。まるで巨大な万華鏡だ。
 「宵山万華鏡」は万華鏡というより走馬灯のようだと感じたが、今回のこれはたしかに万華鏡だった。

 前半は熱中症になりそうな場面が多かったせいか読んでいて少々疲れた部分もあったけれど、終盤の幻想的で煌びやかな描写は本当に素晴らしかった。
 祭のあとの淋しさも、熱気の余韻が感じられていい雰囲気だったと思う。

 余談だが、本書には初版特典として作者の直筆カードが挟み込まれている。何種類かあるらしいので、気に入ったのを買おうと思ったのだが、最初に挟まっていたカードに「これだ!」という何かを感じたような気がしなくもなかったので全部で何種類かはわからず仕舞い。

聖なる怠け者の冒険

「役に立とうなんて思い上がりです」

 印象的な台詞のひとつだ。
 個人的に一番印象に残っているのは「主人公だから頑張らなければいけないなんて、いったい誰が決めた?」という地の文なのだけれども、これもカードになっているだろうか。台詞じゃないからなってないか。

posted by nakaji at 15:27 | Comment(0) | TB(0) | 読書記録>フィクション