「鏡は横にひび割れて」 アガサ・クリスティ

 高校生の頃、一番好きな作家がアガサ・クリスティでした。

 クリスティと言えばエルキュール・ポアロとミス・マープルの二大探偵ですが、私はポアロの尊大さがどうにも好きになれず、読んでいたのは専らミス・マープルのシリーズ。
 中でも本作を「これぞクリスティの最高傑作!」と思ったものです。

 ……しかし、あれから幾星霜。気がつけば「最高傑作!」と思ったことしか覚えていないではありませんか。
 そこで再読することにしたのです。限りなく初読に近い再読を。

 ミス・マープルの住むセント・メアリ・ミードの村は近ごろ宅地化が進み、他所からの転入者が増えています。
 住宅地の必要性は認めるミス・マープルですが、そこに新しくできたスーパーマーケット(自分でカゴを持って品物を探し回らなくてはならない!)には馴染めないようで、昔ながらの店が残っていることを日々神様に感謝しているというのが可愛らしい。

 こうしてとても新鮮な気持ちで読み進んでいた私ですが、まだミス・マープルが転んでしまった以上の事件が起きていない序盤、伏線が張られ始めたところで突然、まるで頭の上に電球がピコーン! と点くように、あの人が被害者でその人が犯人で動機はこれ、ということを思い出したのです。
 これには我ながら驚きましたが、べつに私の記憶力が凄かったわけではなく、この物語の重要なカギとなる事象が今まさに日本で問題となっているからに他なりません。たぶん、いま問題になっていなかったら思い出さなかったんじゃないかと。

 さて、事件が起こる前に犯人がわかってしまったので、残りは答え合わせのような気持ちで読みました。
 謎に惑わされなかったおかげで、クリスティの人物造形の妙を存分に味わえたような気がします。

 ミス・マープルは人をパターン化して分類するのを得意とします。具体的には過去の知人に当てはめるやり方です。
 本作でもセント・メアリ・ミードの新住宅地で、目につく人々を片っ端から「どこそこの誰々を思い出すわ」と考えながら散歩をしていました(そして転んでしまった)。
 高校生の頃の私はそれを、小説的には面白いけれど、この世に何十億といる人間がそうそうパターン化されはしないだろうと思っていました。ことにミス・マープルの行動範囲は驚くほど狭いですし。

 ところが、いま読むと決してそんなことはない。
 たとえば、ある登場人物を通してアリスンという女性を思い出したミス・マープルはこう言います。

「そうね、アリスンはいつもはっきりした自分の意見を持ちすぎているものだから、ひとの眼には物事がどう映っているか、どういう感じをうけているかが、悟れないひとでしたよ」

 いる。いるよね、こういう人。具体的にどこの誰というわけではないにしても、何となく心当たりがある気がする存在。
 これは登場人物の人となりの説明なのに説明っぽく感じさせない上手いやり方でもあると思いました。

 昔は気づかなかったけれど、クリスティはどこにでもいそうな微妙に嫌な人を書くのが上手いですね。悪い人ではないのだけれども鬱陶しい人。でも、だからと言って付き合いを絶つほどでもない微妙さ。
 本作でミス・マープルの付添人をしているミス・ナイトもそうだし、事件の被害者もそう。
 被害者を知る人は口を揃えて言うのです。とても親切な人だけれど、皆うんざりさせられていた。けれど、そんなことで殺したりはしない、と。

 そうした証言を踏まえ、現場がパーティーの真っ最中だったこともあって被害者は間違って殺されたのではないかという話になります。
 本当に狙われていたのは、パーティーが行われていた屋敷の持ち主である映画女優だったのではないか、と。

 ミス・マープルは関係者や目撃者の話を丁寧に聞き、上澄みを掬い取るように情報を拾い上げ、それを組み立てて謎を解きほぐします。
 時には、目撃者自身が気づいていなかったモノの意味までをも読み取る鋭い洞察力。
 安楽椅子探偵物はどうしても謎解きに机上の空論感が付き纏いがちで、本作もそのきらいがあるのは否めませんが、ミス・マープルはその点をいろいろな人にしつこく尋ねて補っていたので、わたし的にはセーフです。

 初めて読んだとき、私はこの謎解きと結末に大きな衝撃を受け、それゆえに本作を「クリスティの最高傑作」と思ったのでしょう。今回はそのときの衝撃こそありませんでしたが、最高傑作という思いに間違いはありませんでした。

 本作の冒頭でミス・マープルは病み上がりだったり、得意の編み物の目を落としてしまったり、更には転んだりと「老い」を強調されていましたが、頭脳には少しの衰えもありません。
 そう。高校生だった私は、この聡明なお婆さんに憧れたのでした。
 ただ、小さな村からほとんど出ない生活をしていることについては、少し信じられない思いでいたように記憶しています。こんな狭い地域が生活のすべてだなんてあり得ない、と。

 しかし。
 幾星霜を経た今、私は気がついてしまったのです。
 ミス・マープルの行動範囲は、今の私よりも広いかもしれないということに……

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